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最初の女性の名まで待たせる場面を読む──A Sort of Joy

『Data Feminism』は A Sort of Joy(2015年)の一場面を、作家の名を読み上げ、最初の女性名まで3分以上待たせる体験として描きます。その記述を一次資料と照らします。

目次
  1. 012015年4月、MoMA の2階で所蔵データを上演する
  2. 02作品の解説カードを、声と順番に置き換える
  3. 03『Data Feminism』が描いた名前の場面
  4. 04『Data Feminism』と一次資料のずれ3点
  5. 05ほかの書き手はこの上演をどう見たか
  6. 06使い道
  7. 07参考・出典

A Sort of Joy (Thousands of Exhausted Things)(ア・ソート・オブ・ジョイ)は、ニューヨーク近代美術館(MoMA)の所蔵データ(123,951点)から台本を作り、2015年4月に MoMA 2階の展示室で上演された、劇団 Elevator Repair Service(エレベーター・リペア・サービス、ERS)と The Office for Creative Research(OCR)の共同制作です。『Data Feminism』は、この上演の一場面を、作家のファーストネームを順に読み上げ、男性名は男性、女性名は女性の出演者が声にする場面として描きます。最初の女性名「Mary」まで3分以上かかり、著者はその待ち時間を、偏りを見るのでなく感じる体験だと論じます。この描写は一次資料では確かめられていません。

上演は MoMA 教育部門の企画 Artists Experiment の一つです。以下は、OCR と Vimeo の公式の説明文、演出家のインタビュー、Catherine D’Ignazio(キャサリン・ディグナツィオ)と Lauren F. Klein(ローレン・クライン)の『Data Feminism』(MIT Press、2020)第3章 pp.85–87 に沿います。名前の場面を書いているのは『Data Feminism』だけで、一次資料とずれる点が3つあるため、並べて示します。

2015年4月、MoMA の2階で所蔵データを上演する

上演は2015年4月4日と7日、MoMA 2階の現代美術の展示室で、通常の開館時間中に行われました(Visionaire World)。Vimeo のクレジットでは、演出は ERS 創設者の John Collins(ジョン・コリンズ)です。構想は Collins と、OCR の Mark Hansen、Ben Rubin(ベン・ルービン)、Jer Thorp(ジェア・ソープ)の4人で、出演者は6人です。

OCR の作品ページは、上演の形をこう説明しています。

“… a variable performance script that is delivered to actors electronically as they roam throughout the second floor galleries of the museum. … this spoken text and the ambient sound that accompanies it is experienced through wireless stereo headphones worn by audience members.”

12万3,951点の所蔵データから作った台本は、2階の展示室を歩き回る俳優に電子的に届き、声と環境音は観客がヘッドホンで聴く、という説明です。同じ文は、上演を「extended audio tour」(長い音声ツアー)と呼んでいます。

Manuel Martagon 撮影、© 2015 The Museum of Modern Art, New York/The Office for Creative Research の作品ページより引用

1回はおよそ45分で、予定の時間内に2回繰り返し、観客は出入り自由でした。台本は回ごとに生成しました(EAR Studio)。口にする言葉はすべてデータベースから取った、と公式の説明文は書いています。

作品の解説カードを、声と順番に置き換える

使ったデータは、作品ごとのタイトル、作家名、素材、寸法、制作年などです。Collins は Visionaire World のインタビューで、作品の横に貼る小さなカード(tombstone)に載る情報だと説明しています。

Vimeo の説明文によると、作品タイトルを文法や語彙、強勢などで分類し、並べ替えや絞り込みの規則を当てて文の列を生成しました。その文をそのまま配る部分と、作家が手で組んだ部分があります。

Manuel Martagon 撮影、© 2015 The Museum of Modern Art, New York/The Office for Creative Research の作品ページより引用

写真の画面には、「Cantiere Barca」「The Fall of a Hair: Blow Ups」といった作品名の下に、作家名・年・素材・寸法・国籍が並んでいます。解説カードの項目が、そのまま台本の行になっていると読めます。

データをどこに対応させたかを、資料ごとにまとめます。表の最初の4行は『Data Feminism』による名前の場面の記述で、一次資料では確かめられていません。

データ対応させた先出典
作家のファーストネーム声に出す語。iPad にはその名の作家のフルネームが流れる『Data Feminism』p.86(一次資料では未確認)
名の集まりの大きさ読み上げる順番。大きい名ほど先(基準は後の節で検討)同 p.86(一次資料では未確認)
名の性別誰が言うか。男性名は男性の俳優、女性名は女性の俳優同 pp.86–87(一次資料では未確認)
男性名と女性名の数の差女性の俳優が黙って歩く時間。「Mary」まで3分以上同 p.87(一次資料では未確認)
作品タイトル語でつないだ連想の鎖(“boy” → “boy holding shovel” …)Visionaire World(Collins)
素材同じ素材の作品の素材名を、リストで朗読するVisionaire World(Collins)
作家名・素材名の音節と強勢知っている歌の旋律にはめる(例:「My Favorite Things」)Visionaire World(Collins)
データ全体の量いくつもの場面を同時に鳴らし、「美術館全体の声」にするVisionaire World(Collins)

『Data Feminism』が描いた名前の場面

『Data Feminism』は第3章の節「Data Visceralization」で、美術館の収集方針へのフェミニズムの批評につなげて、この上演を取り上げます。同じ目的の別の戦術として、Guerrilla Girls の1989年のポスターと並べています。

著者の描写では、部屋の中央で白人男性の一団が円陣を組み、外の観客を向いています。男性たちが声をそろえて「John」と言うと、iPad に John Baldessari、John Cage などと流れます。女性の出演者3人は、黙って円陣の周りを歩き続けます。「Robert」「David」と男性名が続き、やがて「Mary」が、女性たちの最初の声として出ます。

“It takes more than three minutes for “Mary” to be spoken, and the next female name, “Joan,” doesn’t come for a full minute longer.”

Mary まで3分以上、次の女性名 Joan まではさらに丸1分かかった、という記述です。すぐ後に「Barbara」が続き、また男性名に戻ります。

著者は、分析としては単純だとも書きます。

“From a data analysis perspective, A Sort of Joy consists of simple operations: counting and grouping. A bar chart or a tree map of first names could easily have represented the same results. But presenting the dataset as a time-based experience makes the audience wait and listen and experience.”

棒グラフでも同じ結果を示せるが、時間の中に置くと観客は待ち、聴き、体験する、という主張です。著者はこれを、Ben Shneiderman(ベン・シュナイダーマン)の「Overview first」の逆だとします。点を一つずつ聴き、全体は少しずつ組み立てるからです。

“We start to anticipate when the next woman’s name will arise. We feel the gender differential, rather than see it.”

次の女性の名を待ち始め、差を見るのではなく感じる、という一文です。著者はこの感じを affect(情動)と呼び、長すぎて別の部屋へ行きたくなる気持ちまで含めています。

『Data Feminism』と一次資料のずれ3点

『Data Feminism』の記述と一次資料は、次の3点でずれています。

点『Data Feminism』一次資料
名前の並べ方(記述の有無)「which first name has the most works in the collection」の順。John、Robert、David が先なのは作品数が多いから(p.86)読めた資料(OCR・Vimeo・EAR・Visionaire)には記述なし。Thorp の Medium は未読
上演の描写部屋の中央の男性の円陣を観客が囲み、女性3人が周りを歩く。ヘッドホンを着けているのは出演者(p.86)6人の出演者が2階の展示室を歩き回る「audio tour」。ヘッドホンを着けるのは観客(OCR・Vimeo)
映像注30で「the full performance」を Vimeo で見られるとするVimeo の題は「A Sort of Joy at MoMA (excerpts)」。説明文の冒頭は「[ ROUGH CUT ]」で、長さは8分04秒

上演の描写は、名前の場面が展示室を巡る上演の一場面だったとすれば、両立するとも読めます。写真では、タブレットを持つ人もヘッドホンを着けているように見えます。ただし、名前の場面が45分のどこにあり、誰が出たかは、一次資料では確かめられませんでした。

Manuel Martagon 撮影、© 2015 The Museum of Modern Art, New York/The Office for Creative Research の作品ページより引用

名前の並べ方は、今のデータで数え直せます。次の数字は作り手のものではなく、この記事の調査で数えたものです。 使ったのは、2026年11月時点の MoMA の GitHub のデータ(作品160,928件、作家15,999人)です。GitHub での公開は2015年7月で、上演より後です。Cuseum は、上演が「an earlier version of the dataset」を使ったと書いています。2015年の上演の版ではありません。

並べる基準上位の名女性名の位置
その名を持つ作家の人数John 254人、Robert 197人、David 152人、Paul 141人、William 124人…Mary が46位(33人)。Barbara 54位、Maria 65位、Joan 66位
その名の作家の作品数Ludwig 16,406点、Eugène、Louise、Robert、John…Louise が3位。Mary は91点で、ずっと下

作品数で並べると、Mies van der Rohe の建築アーカイブを抱える Ludwig が先頭になります。作家の人数の順は、『Data Feminism』の John、Robert、David の並びとよく合います。実際の基準は、その名を持つ作家の人数だった可能性が高いと読めます。なお人数の順位には「The」のような名でない語も入り、名の性別を何で決めたかも分かっていません。

ほかの書き手はこの上演をどう見たか

Mindy Seu(ミンディ・スー)は2017年、Are.na Editorial の「The Poetry of Tools」で、この上演をデジタル詩の例に挙げました。性別には触れていません。

“Removed from the context of the artwork, the performance focused on the data itself and reshaped how it can be consumed.”

作品から切り離してデータそのものに目を向け、その受け取り方を作り変えた、という評価です。なお Seu は、GitHub での公開の後に OCR がデータを台本にしたと書いていますが、台本は上演(4月)の前に作られているはずで、順序が逆だと読めます。

当時 MoMA 教育部門にいた Pablo Helguera(パブロ・エルゲラ)は2021年、作品タイトルを素材にした実践の例に挙げました。

“The piece was a combination of conceptual poetry, theater of the absurd, Kurt Schwitter-esque verbal experiments and musical delight”

概念詩、不条理劇、Schwitters 風の言葉の実験、音楽の楽しみが混ざったもの、という評です。

Zana Fauzi は2020年の「A sort of joy」で、論点を人種と交差性に広げました。

“We never heard a ‘Khalil’, a ‘Salama’, a ‘Dinesh’ …”

Khalil も Salama も Dinesh も聞こえなかった、という指摘です。

使い道

可視化の仕事に持ち帰れる判断は、四つあります。

一つ目は、量を時間に置き換えることです。『Data Feminism』の描写では、棒グラフでも示せる数の差が、名を一つずつ読むと待つ時間になります。Two Trains が駅の間の距離を曲の長さにしたのと同じく、時間を軸に使った例と読めます。

二つ目は、分類を「誰が言うか」に割り当てることです。『Data Feminism』の描写では、名の性別を、語の中身ではなく話し手の声と身体に載せています。訪れた場所の頻度を協和と不協和の音程に載せる Quotidian Record や、物の形に載せる Chemo Singing Bowl とは別の置き場所です。

三つ目は、全体を最後に見せる代償です。聴き手は長く待たされます。『Data Feminism』は、長すぎて別の部屋へ行きたくなる気持ちも affect に含めると論じています。感じさせたいのか、値を引かせたいのかで、全体を先に出すかを決めることになります。

四つ目は、並べる基準を書き残すことです。作家の人数か作品数かで、先頭は John にも Ludwig にもなります。二次資料で知った作品は、一次資料に当たり直すことも要ります。この上演では、名前の並べ方、場の作り、映像の3点で、紹介と記録が違っていました。

参考・出典

一次情報

  • The Office for Creative Research, “A Sort of Joy (Thousands of Exhausted Things),” 2015. 作品ページ
  • Ben Rubin, “A Sort of Joy at MoMA (excerpts),” Vimeo, 2015-07-17(8分04秒). 動画 / oEmbed(説明文)
  • EAR Studio(Ben Rubin), “A Sort of Joy (Thousands of Exhausted Things).” 作品ページ
  • Jer Thorp, “A Sort of Joy.” 作品ページ
  • Alessandro Magania, “Elevator Repair Service’s Sort of Joy”(John Collins へのインタビュー), Visionaire World. 記事
  • The Museum of Modern Art, “The Museum of Modern Art (MoMA) Collection,” GitHub(CC0). リポジトリ

第三者評価

  • Catherine D’Ignazio and Lauren F. Klein, Data Feminism, MIT Press, 2020, ch.3, pp.85–87, 96, notes 30, 34, 35. Internet Archive
  • Mindy Seu, “The Poetry of Tools,” Are.na Editorial, 2017-08-10. 記事
  • Pablo Helguera, “Untitled (On Titles),” Beautiful Eccentrics, 2021-12-09. 記事
  • Zana Fauzi, “A sort of joy,” Two Kinds of Intelligence, 2020-09-27. 記事
  • Cuseum, “MoMA and the exciting possibilities with museum metadata,” 2015-09-25. 記事
  • Quim Gil, “The MoMa, CSV, GitHub, and CC0,” Wikidata mailing list, 2015-07-29. 投稿
矢崎裕一 データ可視化の実務家
プロフィール

この記事は CC BY-NC-SA 4.0 で公開しています。