D.dress(2010)は、デザイナー/リサーチャーの Mary Huang による、コンピュテーショナル・ファッションの作品です。本作は「一着の服」を提示するのではなく、ドレスを生成するためのプロセスそのものを作品として提示する点に特徴があります。
ユーザーは画面上でドレスの形を描き、その入力をもとにアルゴリズムが三角形メッシュ構造のドレスを生成します。生成された形状は三次元モデルとして確認できるだけでなく、平面の型紙へと展開され、実際に布を裁断・縫製することも想定されています。
D.dress は、ファッションを「完成品」ではなく「計算によって立ち上がる可変的な構造」として捉え直す試みであり、デザイン・アルゴリズム・身体の関係性を問い直す作品です。

背景と位置づけ
D.dress が発表された 2010 年前後は、ジェネレーティブデザインやコンピュテーショナルデザインが建築やプロダクト分野で広がり始めた時期でしたが、ファッション分野でそれを明確に「制作プロセス」として提示した例は多くありませんでした。
当時のデジタル・ファッション表現は、3Dレンダリングによるビジュアル提案や、3Dプリントによる造形実験が中心であり、「ユーザーが介入し、形が生成され続ける仕組み」までを含めて作品化する事例は稀でした。
D.dress は、そうした文脈の中で、コード・ユーザー操作・身体形状を横断する設計思想を、ファッションという分野に持ち込んだ初期の実践として位置づけられます。
作品の仕組み(考え方)
D.dress において重要なのは、「布をリアルに再現すること」ではありません。Mary Huang は、布の物理シミュレーションが大量の三角形計算を必要とすることを踏まえたうえで、あえて三角形メッシュという“デジタル的な構造”を前面に出す設計を選んでいます。
ユーザーが描いた線や動きは、アルゴリズムによって三角形に分割され、面の集合としてドレスの形を構成します。この方法により、
- 入力が多少粗くても形が破綻しにくい
- 毎回異なる構造が生成される
- 「布らしさ」よりも「構造としてのドレス」が可視化される
という特性が生まれます。
ここで生成されるドレスは、伝統的な意味での衣服というよりも、身体にまとわりつく計算構造と呼ぶ方が適切かもしれません。
作品の見方
D.dress を鑑賞する際には、完成したドレスの造形だけを見るのではなく、どのような操作が、どのような構造を生み出しているかに注目することが重要です。
- ユーザーの描線が、どのように三角形へ変換されているか
- 三角形の大きさや密度が、形の印象にどう影響しているか
- 立体として見たときに、身体との関係がどう立ち上がっているか
こうした点を追っていくことで、D.dress が「装飾的な服」ではなく、「生成ルールの可視化」として設計されていることが理解できます。
また、生成された三次元形状が平面の型紙へと展開される点にも注目すべきです。これは、デジタル上の形が、現実の素材と身体へ接続されうることを示しており、D.dress を単なるビジュアル実験にとどめていません。
技術と作品の関係
D.dress は Java ベースの Processing を用いたインタラクティブな制作環境を前提として構想された作品です。ただし、Processing はあくまで 表現を実現するための道具であり、作品の本質ではありません。
重要なのは、
- ユーザーの操作を即座に形へ反映するインタラクティブ性
- 三角形分割によって「必ず成立する形」を返すアルゴリズム設計
- 2D・3D・物理制作を往復する構造
といった点であり、これらは特定の言語や環境に依存しない、作品としての設計思想です。
応用的な視点
D.dress は、ファッションに限らず、次のような領域にも示唆を与えます。
- ユーザー参加型のジェネレーティブデザイン
- デザインルールそのものを作品とする考え方
- デジタル生成と物理制作を接続するワークフロー
特に「完成形を決めないデザイン」という視点は、データ可視化やインタラクティブアート、教育用ツールの設計などにも応用可能です。
まとめ
D.dress(2010)は、単に「早い時期のデジタル・ファッション作品」ではありません。
ドレスをコードとプロセスとして捉え、生成・操作・身体の関係を問い直した作品です。
その価値は、造形の新しさだけでなく、「デザインとは何を固定し、何を開放するのか」という問いを、ファッションという具体的な領域で提示した点にあります。
