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数字を、息のできる証拠にする——Superflux『The Future Energy Lab』

UAE の計量経済データから、歩ける都市模型と吸える大気試料をつくった Superflux の Future Energy Lab を、データ可視化とスペキュラティブ・デザインの交差から読む。

Superflux の『The Future Energy Lab』(発表 2017)は、アラブ首長国連邦(UAE)のエネルギー政策を、グラフの延長ではなく 体験可能な証拠 として組み立てた仕事です。依頼主は UAE のエネルギー省と首相府。スタジオは、省が持っていた計量経済データと将来推計を外挿し、未来の大都市模型(Future Energy Zone)と、各シナリオに属する人工物をつくりました。

ここで重要なのは、本作が「2050年を正しく予測した図」ではない点です。Anab Jain は、データはしばしば証拠と同一視されるが、データは証拠ではない と書いています。証拠とは、仮説との検証関係に置かれた特別なデータである、という Brendan Clarke の定義を引いたうえで、スタジオは未来の空気・製品・サービスを「つくり、構成する」と言います。データ可視化とスペキュラティブ・デザインが交差するのは、この自己規定においてです。数字を画面に残すのではなく、その政策を決める人が歩き、操作し、吸い、持ち帰れる状態へ移した。

政策関係者が、発光する都市模型を囲む

写真はいずれも Superflux 公式ページ より。公開体験ではなく、2017年1月前後に開催された政策ラボの記録です。

何が、誰の前で、起きたか

Superflux が公式に書く課題は、安全と確実さから不確実さへ移ること、そしてその不確実さを制御できる感覚に変えることです。エネルギー省と首相府からの依頼は、エネルギーをめぐる複数の未来を体験する仕組みをつくること、さらに各未来の機会とシステム全体への帰結を、閣僚と意思決定者と一緒にストレステストすることでした。目標は、2050年までの国家エネルギー政策に資することでした。

成果は Future Energy Lab で提示されました。出席者として公式が挙げるのは、首相、内閣首脳、エネルギー省、政策担当者、公益事業とエネルギー部門の組織長です。同じ場で、foresight 会社 Rorosoro がエネルギーシミュレータとロールプレイングゲームを担当しています。Superflux の主担当は Future Energy Zone です。方法として挙げるのは、speculative design、experiential futures、speculative evidence generating、diegetic prototyping です。

制作年は公式ページでは 2017、スタジオの年次回顧では 2016年の仕事として載っています。TED(2017年4月)では「今年の初め」と語られます。UAE の Energy Strategy 2050 が発表されたのは 2017年1月10日 です。作業は2016年、提示は戦略発表の直前、という時系列が一次情報から取れます。

チームは Jon Ardern、Anab Jain、Jon Flint、Jake Charles Rees、Marianna Czwojdrak、Vytautas Jankauskas、Claire Sullivan。追加貢献者に Rohit Iyer、Simone Nunziato、Paul Graham Raven。首相府の Dr. Radheya AlHashmi、エネルギー省の Fatima AlFoora AlShamsi、首相府の Giulio Quaggiotto への謝辞が公式ページにあります。

Future Energy Zone:データを、歩ける都市にする

中核は、未来の大都市模型です。エネルギー省の計量経済データと推計を外挿し、新しいエネルギー政策が都市景観に及ぼす含意を「演じた」と Superflux は書いています。マクロ(投資)とミクロ(社会・技術の変化)の接続を表面化させるためです。

公式写真が示すものは、暗い部屋の大きなテーブルです。白いトーブと黒いアバヤの参加者が、発光する盤面を囲んでいます。盤面は二層です。

  • 都市模型:格子状の都市。高さの違う半透明の柱が建物のように立ち、盤面から照らされる。桃色の経路と黄緑の大きなループが走り、太陽の記号や交差の記号が点在する。公式が挙げる差分——再生可能エネルギーの導入、代替公共交通、ピアツーピアのエネルギー取引、社会文化の変化——が、この盤面の経路と記号に落ちている、と読むのが自然です。
  • 操作盤:手前に埋め込まれた画面。見えるラベルは RENEWABLE ENERGY(太陽・風車)、PUBLIC TRANSPORT、PRIVATE TRANSPORT。縦のゲージがあり、選択が模型へ返る前提で組まれています。

都市模型のクローズアップ。半透明の柱と、マゼンタと黄緑の経路

参加者は 五つの未来世界 を通されます。同時に、別画面で future happiness index、エネルギー多様化、各未来の affordability と sustainability、費用と炭素排出の変化を追える、と公式は書いています。別カットでは、ENERGY SYSTEM と題した青い画面に、象限図・棒グラフ・ドーナツグラフが並びます。Sustainability と Affordability のトレードオフを、模型の横で読む装置です。

模型と ENERGY SYSTEM 画面。象限図、棒グラフ、ドーナツグラフが並ぶ

つまり本作の「可視化」は、公開ウェブのチャートではありません。政策変数を都市の形と経路と指標へ写し、その場で切り替えるテーブル です。Jain の TED では、この大きな都市模型のうえで「多くの可能な未来を可視化した」と、可視化という言葉がそのまま使われます。

Experiential evidences:予測の物体ではなく、可能性の物体

模型だけでは足りない、というのが公式の構成です。各未来に対して、人工物の一式がつくられました。「予言の物体ではなく、可能性の物体」だと Superflux は書いています。役割は、その発展経路で出会う課題と機会を体現し、政策がつくりうる物質的な生活を表すことです。公式写真では、白い台座が横に並び、背後に光るパネル、手前に placard があります。実験器具、画面、表彰盾、端末が、シナリオごとの証拠として置かれています。

五つの台座。大気試料、端末、表彰、基金、通貨が並ぶ

公式が詳述するのは、次の五つです。

1. 未来の大気試料(Business As Usual)

現状維持——化石燃料を燃やし続ける経路——の帰結として、都市の大気汚染を置きました。試料は 2020年、2028年、2034年。含むのは、気候と化石燃料排出の推計に基づく PM10、PM2.5、一酸化炭素、二酸化硫黄、二酸化窒素、オゾンの「もっともありそうな組み合わせ」です。公式は noxious stuff, impossible to inhale even a small amount と書いています。予測とデータが届かない点を、体験的証拠が届ける、という主張です。

公式写真のラベルは、その主張を数値のまま残しています。AIR POLLUTION SAMPLE 2。場所は Sharjah、日付は 4th Nov 2030。PM10、PM2.5、二酸化窒素、一酸化炭素の値が並び、下部は赤い × と、脳卒中・心疾患・肺がんなど生命を脅かす疾患を起こしうる、という警告です。TED と Medium が 2030年に寄せて語るのは、このラベルの年です。公式ページの三年分(2020 / 2028 / 2034)と、語りの「2030年の一吸い」は、同じ系列の要約です。

左:2030年シャルジャの大気試料ラベル。中央:蒸気を出すフラスコ。右:実演

Jain は、インドの出身都市の化学研究室の科学者とつくった近似試料だ、と TED で述べています。のちの人道支援向け仕事では、この吸入器が再提示され、Ahmedabad の化学者と協働した、と Superflux は書いています。スタジオ写真の装置は、三角フラスコの上に白い管が乗り、蒸気が落ちるものです。グラフの代わりに、肺への入力があります。

三角フラスコから蒸気が落ちる大気試料の装置

2. The Tomorrow Fund

高価な未来を賄うための長期投資です。市民が、今日のエネルギー行動に応じて子どもの未来へ拠出する、という設定。ラボ内では、ホログラフィックな基金アドバイザーが支払い計画を走り、環境配慮行動に対する控除を示します。公式写真の黒い筐体には、人物の顔(写真ではぼかされている)と FOOD CONSUMPTION の内訳(赤身肉、白身肉、乳製品、穀物、野菜、果物)、その下に TRUST CONTRIBUTION 1677 AED が出ます。費用と炭素の画面が、家計と「信頼」の会話へ翻訳されます。

Tomorrow Fund の端末。食料消費と TRUST CONTRIBUTION が表示される

3. The Order of the Emirates

政策変更は、文化と行動の変更と結びつかねばならない、という問いへの応答です。気候チャンピオン——コミュニティで需要削減に努めた個人と組織——を称える勲章。公式写真の盾には、金の六角形と黒い結晶体、英語の功績文があります。一例は University Hospital Sharjah がカーボンニュートラルになり、余剰再エネを National Grid へ出したこと。別例は、生態的実践と自然環境への敬意を広げる草の根運動です。襟のピンも同じ幾何です。指標の達成が、国家の栄誉の見た目を借りて流通します。

The Order of the Emirates。盾、ピン、功績文

トーブに付けられた幾何学のピン

4. Desert Falcon

公共交通が強制規制ではなく誇りになる未来の手がかりとして、アブダビとロンドンを結ぶ次世代リニアの土産物を置きました。ロンドンバスのように、観光店で買える模型。公式は、磁気軌道つきの機能する模型だった、と書いています。公式写真は、白いポッドを金の受けが支え、暗い台座に緑のロゴがある物体です。ネットワークの図を、棚に置ける物体へ圧縮しています。

Desert Falcon。白と金のリニア模型

5. Energycoin と National Grid

エネルギー政策の転換は参加型でなければならない、という主張の実装です。National Grid がブロックチェーンで動き、暗号通貨が Energycoin。家庭のタービンと太陽電池の余剰を、地域とグリッドへ送れる。得た通貨は、環境配慮の財とサービスに換えられる。公式写真のタブレット画面は、現行のフィンテックに似せた赤いヘッダです。WALLET / P2P TRADING / NATIONAL GRID / CREDIT EARNED / TRANSACTIONS。Overview には送受信件数、発電量(kWh)、取引量、残高。大きなボタンは CONTRIBUTE TO THE NATIONAL GRID。計量の単位(kWh)と、市民が押せる操作が、同じ画面にあります。

Energycoin のウォレット画面。kWh と National Grid への拠出ボタン

データ可視化 × スペキュラティブ・デザイン

スペキュラティブ・デザインは、完成解を提示するより、「もし〜だったら」を議論可能にします。本作が自分を experiential futures と speculative evidence と呼ぶとき、模型と大気は装飾ではなく方法です。

データを、傍観の対象から外す。 NPR の TED Radio Hour で Jain は、data spectatorship という言葉を使います。美しい可視化、グラフ、指標を見るが、生活に直接つながる物語を理解しない。だから行動が起きない。Lab の操作盤と模型は、その批判への応答です。参加者は画面の外に立ち、変数を変え、都市の光が変わるのを見ます。それでも「息子に車をやめろとは言えない」という反応が出た、と TED は記録します。模型は理解を保証しません。理解の失敗が、次の証拠(大気)を必要にした、というのが Jain の話の骨格です。

データと証拠を分ける。 Medium の論考(2017-06-28)は、歴史・現代データが「将来の変化の委任状」として使われる、と観察したうえで、データ資本の時代にデータ=証拠という信念が固定した、と疑います。測れないもの、情報があるのに動かないこと、生成者と解釈者のバイアス、不確実性のなかでデータだけを証拠にしてよいか。Clarke の一文——証拠は仮説との検証関係に置かれた特別なデータ——が、ここで方法になります。Future Energy Lab では、計量経済データから未来の空気・製品・サービスを構成した、と明記されます。可視化が「正しい数」を示す仕事なら、本作は「その数が、どの仮説を検証しているか」を物体にする仕事です。シャルジャのラベルに並ぶ PM 値は、その検証関係を隠していません。

一つの予測図ではなく、五つの経路を置く。 公式は、人工物を予言ではないと言います。Business As Usual の大気、Tomorrow Fund、勲章、リニアの土産、Energycoin は、同じ 2050 の完成形ではありません。投資・需要削減・再エネ・文化の組み合わせが違うと、都市も栄誉も家計も変わる、という並列です。追加画面の happiness / 多様化 / 費用 / 炭素は、経路ごとの差分を数値で残します。模型が空間、画面が指標、物体が生活。三層が揃ってはじめて、「政策の帰結」が一つのグラフに潰れません。

届かない時間を、いまの感覚へ折る。 公式が挙げる大きな問いの一つは、現在の快適さから、効果が見えるまで何十年もかかる行動へ、どう人を移すかです。大気の一吸い、子どもの基金、勲章、土産、余剰電力の通貨は、いずれも 2050 年の報告書を、いまの肺・財布・名誉・観光・取引へ翻訳します。Dunne & Raby 的なギャラリーの批判装置というより、内閣のテーブルで使う翻訳装置です。SpeculativeEdu のインタビューで Superflux は、自作を必ずしも Speculative Design と呼ばない、potential を調べる開かれた探究だ、と述べています。Lab はその言い方と一致します。閉じたディストピアではなく、選択肢としての未来です。

第三者による評価・評判

公開直後のデザインメディアによる作品単体レビューは、多くありません。流通の中心は、Jain 自身が TED で語った「閣僚に未来の空気を吸わせた」エピソードです。第三者評は、独立した検証というより、どの場がこの話を政策デザインの事例として採用したか として読むのが正確です。

  • TED2017(2017-04、Vancouver)。Jain が会議の冒頭で Why we need to imagine different futures を話し、都市模型と 2030年の大気、その翌日の再エネ投資発表を連続して語ります。因果は留保されます。「私たちの未来体験がこの決定のどの部分を担ったかは分からない。だが、そのようなシナリオを緩和するようエネルギー政策を変えたことは知っている」。再生回数は TED ページで約 194 万回(本稿執筆時)。スタジオ自身の一次語りですが、政策ラボのエピソードが国際的に固定された場です。
  • NPR TED Radio Hour(2017-09-15)。Guy Raz が同トークを再放送し、大気が「ほぼ危険すぎる」ほどだったか、閣僚が「これを望まない」と言ったかを確認します。Jain は「一因だったと思う。要因は多い」と答え、続けて data spectatorship を説明します。第三者の聞き手が、因果の過大評価をその場で削った記録です。
  • BBC Radio 4 Positive Thinking(2022-08-04)。問いかけは Can ‘feeling’ the future create meaningful action to solve the climate crisis?。UAE 向けの「未来の空気」、Mitigation of ShockRefuge for Resurgence が並びます。Lab は、気候危機に「感じる未来」が効くかという番組の、初期事例として再掲されています。
  • The Architectural Review(2022-10、Energy 号)。In practice: Superflux on the Future Energy Lab。著者は Anab Jain と Hanna Sarsa。見出しは Imagining and spatialising possible futures on our planet helps overcome climate change apathy。第三者媒体の In Practice 枠に、当事者が書いた論考です。独立批評ではなく、建築誌がこの仕事をエネルギー特集の実践例として選んだ、という評価です。有料のため本文は未確認です。
  • Design Week(2023-01)。スタジオ特集の導入写真に Future Energy Lab を使い、「特定のエネルギー源と燃料に依存する異なる未来の成否をストレステストする」と説明しています。作品論というより、Superflux の方法の代表画像としての採用です。
  • designboom のスタジオ特集は、予測はデータから延び、スペキュラティブ・デザインは研究に支えられた想像から建てる、出力は読む報告書ではなく入る部屋・見るフィルム・理解する前に届く匂いだ、と一般化します。Lab 固有の評ではありませんが、大気試料の位置づけと重なります。
  • SHAMICO(制作関与者のポートフォリオ)は、閣僚によるストレステスト、2050年までの政策への情報提供、という公式と同じ要約を、designer / fabricator / technologist の仕事として再掲しています。

学術側で、この Lab だけを対象にした独立論文は、本稿が確認した範囲では中心になっていません。引用されるときは、Superflux の政策応用の一例、あるいは experiential futures の系譜に乗る事例として、スタジオ自身の記述が参照されることが多いです。

政策への「影響」を、公式と自己評価で分ける

Superflux の公式ページは、影響を三つに分けます。(1) 意図した帰結と意図しなかった帰結を、選択肢として理解できる。(2) 製品・サービス・システムのイノベーション機会が表面化する。(3) UAE の National Energy Strategy 2050 に向けた実行可能な洞察が直ちに生まれ、戦略はその直後に発表された。投資額として $163 billion in renewables と書きます。

UAE 側の一次情報は、Studio 名を出しません。The National(2017-01-10)と World Nuclear News によれば、シェイク・ムハンマド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥーム(副大統領兼首相、ドバイ首長)が、エネルギー省と内閣・未来省が主催したエネルギーの未来に関する議論の場で戦略を発表しました。初めての全国統一エネルギー戦略。2050年の構成は再エネ 44%、ガス 38%、クリーン化石 12%、原子力 6%。発電の炭素を 70% 削減、効率 40% 改善、節約 AED 700 billion。投資は AED 600 billion(当時約 1630 億ドル)で、再エネ単体ではなく需要増と持続的成長のための総額です。公式は「すべてのエネルギー関係機関と行政評議会の共同作業」と書いています。

重ねると、次までが一次情報で支えられます。Lab は首相が出席するエネルギーの未来の場で提示された。戦略発表は 2017年1月10日で、TED の「翌日」と整合する。投資額の数字は AED 600 billion = 約 $163 billion で一致する。Superflux が戦略を決めた、あるいは 1630 億ドルを再エネに振り向けさせた、とは UAE 公式は書いていない。 Jain 自身も TED で、寄与の割合は分からない、と先に言っています。可視化の成功談として因果を一本化すると、公式が残した留保を消します。

まとめ

『The Future Energy Lab』は、計量経済データと推計を、内閣が囲める都市模型と、肺と財布と名誉に届く物体へ移した仕事です。画面上のチャート(ENERGY SYSTEM、happiness、炭素、費用)は残っています。しかし主界面は、五つの未来を切り替えるテーブルと、Business As Usual の大気です。

データ可視化として読めば、変数・経路・指標・都市形態を一枚の盤面に束ねた、政策用の物理模型です。スペキュラティブ・デザインとして読めば、予言ではなく経路ごとの証拠を構成し、いまの意思決定に戻す装置です。交差点は、Jain が data spectatorship と呼んだ状態——数字を見て、未来の自分を他人のままにする状態——を、吸う・歩く・操作するへ移したことにあります。

美しさで滞在させる『Plastic Air』とは逆に、こちらは一吸いが不可能なほど悪い空気を、政策のテーブルに置きました。どちらも、欠損や不確実性を隠さず、近似であることを方法にしています。違うのは観客です。公開ウェブの通行人ではなく、2050年のエネルギー構成をその週に発表する人々です。

参考・出典

一次情報

第三者

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