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キーを押す順に、領土の板が部族の地図を覆う──Ives の歴史地図

合衆国が領土を得た順番を「キーを押す順番」に、得た範囲を「滑り込む色つきの板」に対応させた地図です。板は、先住民の部族の位置を描いた層の上に順に重なっていきます。

目次
  1. 011897年、教育誌に載った「機械仕掛けの地図」
  2. 02灰色の川の地図に、部族の色を置く
  3. 03キーを押すたびに、領土の板が滑り込む
  4. 04地層の地図から、領土の地図へ
  5. 05第三者はこの地図をどう見たか
  6. 06使い道
  7. 07参考・出典

James T. B. Ives(ジェームズ・アイヴズ)の『Historical Map, Showing the Successive Acquisitions of Territory by the United States of America』は、合衆国が領土を得た順番を「キーを押す順番」に、得た範囲を「滑り込む色つきの板」に対応させた地図です。板は、先住民の部族の位置を描いた層の上に、順に重なっていきます。最初のキーで13植民地にあたる16州の板が現れ、最後のキーで1853年のガズデン購入の板が現れます。

地図は1897年ごろの作で、額の大きさは34×24インチです。以下は、当時の教育誌 The School Journal 1897年10月2日号の紹介記事、1911年の教材目録、所蔵館 Boston Public Library の目録、古地図商 Boston Rare Maps の解説に沿って、見る人が操作する順に読みます。

1897年、教育誌に載った「機械仕掛けの地図」

この地図に触れた記事で、いちばん早く確かめられるのは The School Journal 1897年10月2日号です。p.322 の「School Equipment」欄に、“Growth of the United States Shown by a Mechanical Map” の見出しで載りました。この欄は有料広告を載せないと明記しています。記事は地図を「合衆国の成長を見せる機械仕掛け」と呼び、ガラスの下に収めてオーク材の額に入れてある、と書いています。

作者は James Thomas Bostock Ives です。1839年(別の伝記では1840年)にロンドンで生まれ、ロンドン地質学会のフェロー(F.G.S.)でした。1886年にトロントへ移り、のちにニューヨーク、フィラデルフィアで地図を作りながら、地質学、のちに歴史を教えています。1904年にニューハンプシャー州アンドーヴァーへ移り、1915年に亡くなりました。

1911年の New England History Teachers’ Association の目録では、販売名は「The Ives Historical Map」、価格は15ドルでした。Boston Rare Maps は、32枚組の Foster Historical Charts が20ドルだった時代の15ドルだ、と書いています。

項目内容
年代1897年ごろ(BPL 目録は「approximately 1897」)
発行刷りにより、フィラデルフィア(Academy of Natural Sciences)とニューヨーク(340 Fourth Avenue)
大きさ額で34×24インチ
機構地図の層を何枚も重ね、切り抜いたブリキの滑車につなぎ、木のレバーで動かす
所蔵Boston Public Library(Leventhal Map & Education Center)。Boston Rare Maps によれば、ほかに Clements Library、Peabody Essex Museum、中西部の個人蔵

dataphys.org では「1896 – James Ive’s Mechanical Teaching Map」として載っています。名前は Ives が正しく、「Mechanical Teaching Map」は説明の言い回しです。1896年という年は、根拠を確かめられませんでした。

灰色の川の地図に、部族の色を置く

板をすべて引き出した状態で見えるのは、いちばん下の地図です。School Journal は、その中身をこう書いています。

Printed in neutral gray is shown, first, a simple river map of the United States. On this, grouped in distinctive colors, and arranged linguistically according to the map accompanying the eleventh census, are shown the locations of the various Indian tribes originally occupying the United States.

まず、中間的な灰色で刷った、簡素な合衆国の河川図がある。その上に、もともと合衆国の地に住んでいた部族の位置を、色でまとめて示す。部族は、第11回国勢調査(1890年)の付図に従い、言語の系統で分けてある、という説明です。

James T. B. Ives/Boston Rare Maps より引用

この層には、初期の入植地も載ります。英・仏・西の入植地を色つきの点で示し、色が国籍を表します。点ごとの番号から、付属の凡例で名前と年を引けます。1911年の目録は、板を引き出した状態を「the virgin country before European occupation」、つまりヨーロッパ人の占有以前の土地を示すもの、と説明しています。

Boston Rare Maps によれば、層は「8組の切り抜き」でできています。各組の下の層には、主な水系と先住民の名を刷ります。上の層には、1893年時点の州境、主要都市、インディアン居留地などを刷ります。上の層がレバーで滑り込み、下の層を覆います。

キーを押すたびに、領土の板が滑り込む

操作は、額の下辺に並ぶキーで行います。Boston Rare Maps は木のレバー、BPL の目録はレバーと書いています。

On touching the first of a row of keys below the lower edge of the frame, a colored segment slides into view, representing the 16 states corresponding to the 13 original colonies.

額の下辺に並ぶキーの1つ目に触れると、色つきの板が滑り込んでくる。13植民地にあたる16州を表す板だ、という説明です。

James T. B. Ives/Boston Rare Maps より引用

1つ目の板は、もう一つのことも示します。現在の16州の境界が、フランス、のちに英国が「植民地の正しい範囲」だと主張した分水界を、どれだけ越えているかです。2つ目のキーは、13州とミシシッピ川のあいだの地域を出します。1911年の目録は、この板が1つ目と「色の違う」板だと書いています。3つ目はルイジアナです。

James T. B. Ives/Boston Rare Maps より引用

School Journal は、ここから先をひとまとめに書きます。

So each accession of territory down to the Gadsden purchase in 1853 is shown on the map by pressing a different key. Eleven red dots indicate the western movement of the center of population.

1853年のガズデン購入まで、領土の獲得はそれぞれ別のキーを押すことで地図に現れる。11個の赤い点が、人口重心の西への移動を示す、という文です。11という数は、1790〜1890年の国勢調査11回分にあたると読めます。ただし、記事にはそう書かれていません。

Boston Rare Maps は、獲得を9つの段階に数え、1783年のパリ条約、1819年のフロリダ、1845年のテキサス併合などを挙げています。1848年のグアダルーペ・イダルゴ条約の板には、誤って「1850 Texan Cession」と刷られているそうです。

James T. B. Ives/Boston Rare Maps より引用

当時の記述から、データと見た目・素材の対応をまとめると、次のようになります。

データ見た目・素材具体出典
地形(河川網)いちばん下の層。灰色で刷った河川図1911年の目録は「government river map」と呼ぶSchool Journal、1911年目録
先住民の部族の位置下の層に、色でまとめて刷る色のまとまり=言語系統(1890年国勢調査の付図による)School Journal
初期の入植地色つきの点。色=国籍点の番号から、凡例で名前と年を引くSchool Journal
領土の獲得(どこを)滑り込んで下の層を覆う、色つきの板隣り合う板は色を変えるSchool Journal、1911年目録
獲得の順番(いつ)額の下辺に並ぶキー(レバー)の順番1つ目が16州、最後が1853年のガズデン購入School Journal、1911年目録
植民地本来の範囲との差1つ目の板の境界と、分水界のずれ―School Journal
人口重心の西への移動赤い点の列11個School Journal
現在(1893年ごろ)の地理板の上に刷った州境、主要都市、居留地―Boston Rare Maps、BPL 目録

獲得の順番を受け持っているのは、色や位置ではなく、見る人がキーを押す順番だと読めます(人口重心の西への移動だけは、赤い点の位置で示されます)。地図は1枚の額のまま、獲得の時間は手の操作の側に移されている、と読めます。

地層の地図から、領土の地図へ

Ives は、歴史地図の前に地質の地図を作っていました。The American Naturalist 1895年10月号に、Ives Strata Map と Ives Altitude Map の広告が載っています。

広告によれば、地層図は地層の累重(Superposition)や露頭を示し、カードを曲げれば褶曲も示せます。高度図は表面に浮き彫りを施し、高さを強い対比の色で塗り分けています。

広告は、この2つが1893年のシカゴ万博で賞状とメダルを受けたと書きます。万博のペンシルヴェニア州出品目録にも「Strata and Altitude Maps」とあります。Boston Rare Maps によれば、歴史地図の上の余白には、このメダルのラベルが貼られています。

1923年の Encyclopedia of Connecticut Biography は、Ives を「Ives Strata Map と Ives Historical Map の発明者」と紹介しています。地層を重ねて見せる仕組みを、領土を重ねて見せる仕組みへ移した、と読めます。ただし、Ives 自身がそう書いた資料は見つかっていません。Ives 本人が書いた解説文の本文は、確かめられませんでした。

第三者はこの地図をどう見たか

1897年の School Journal は、この地図が合衆国の歴史の授業を面白くする助けになる(「make interesting the teaching of United States history」)と書きました。仕掛けは、授業の道具として紹介されています。

所蔵館の Leventhal Map & Education Center は、2023年の催し「From The Vault: Mechanical Maps」の記事で、物語の偏りを指摘しました。

The map told a story of the seemingly inevitable process of expansion and emphasized nation-building by treaties rather than the violence of war.

地図は、拡大があたかも必然の過程だったかのような物語を語り、戦争の暴力より条約による国づくりを強調した、という評価です。

古地図商の Boston Rare Maps は、作者の意図は分からないとしたうえで、機構そのものを読みます。

However the basic design of the mechanism conveys an impression, in keeping with the myth of Manifest Destiny, of a process both orderly and inevitable. It also conveys—at least to our modern sensibility—a sense of the tragedy that befell a civilization that was literally effaced from the map.

機構の基本的な設計が、「明白な天命」の神話に沿って、整然として必然的な過程という印象を伝える。同時に、少なくとも現代の感覚には、文字どおり地図から消された文明の悲劇も伝える、という読みです。

Courtesy Aram Boghosian/WBUR より引用

2019年、この地図は Leventhal の展覧会「America Transformed: Mapping the 19th Century」に出ました(中西部の個人蔵からの借用品)。WBUR の Frank Redner による展覧会の記事は、冒頭写真がこの地図です。Redner は Upper Sioux Community の一員です。

展示では、館の解説の横に、先住民の側からの「Viewpoint」が並びました。記事はその論点を「Native concepts about land are not two-dimensional」と紹介しています。土地についての先住民の考えは二次元ではない、という言葉です。Ives の地図だけを指した言葉ではありませんが、平らな層を重ねるこの地図を見るときの手がかりになる、と読めます。

使い道

一つ目は、操作の順番が時間の軸になることです。キーの並びが年代の並びで、押すたびに一歩進みます。いまのステップ式の時系列地図に通じる、と読めます。ただし、直接の影響関係を示す資料はありません。

二つ目は、どこで区切るかが、そのまま歴史の語り方になることです。この地図では、一歩が一つの領土の獲得(板1枚)にあたります。Leventhal が「条約による国づくり」の強調を指摘したのは、この区切り方に向けた言葉だと読めます。時系列を段階に分けるとき、段階の単位を何にするかは、データではなく編集の判断です。

三つ目は、重ね順が意味を持つことです。部族の層は下にあり、領土の板がそれを覆います。デジタルの地図でも、どの層を下地にし、どの層を上に載せるかは、表示の設定である前に主張になります。Boston Rare Maps が「地図から消された」と書いたのは、この重ね順に向けた言葉だと読めます。

四つ目は、覆ったものを戻せることです。1911年の目録が書くとおり、板を引き出せば部族の層が現れます。覆う設計を選ぶなら、覆われた側へ戻る操作も同じ重さで用意しておく。この地図は、その両方を1枚の額に入れていました。

参考・出典

一次情報

  • Boston Public Library 目録レコード「Historical Map, Showing the Successive Acquisitions of Territory by the United States of America」:https://bpl.bibliocommons.com/v2/record/S75C8129750
  • The School Journal, Vol. 55, No. 12(1897年10月2日)p.322「Growth of the United States Shown by a Mechanical Map」:https://archive.org/details/sim_school-journal_1897-10-02_55_12 (全文テキスト:https://archive.org/download/sim_school-journal_1897-10-02_55_12/sim_school-journal_1897-10-02_55_12_djvu.txt / Google Books 版:https://books.google.com/books?id=ov1KAAAAYAAJ&pg=PA322 )
  • New England History Teachers’ Association, A Catalogue of the Collection of Historical Material, Simmons College, Boston, 1911「The Ives Historical Map」の項:https://archive.org/details/catalogueofcolle00newerich (同じ文面が The History Teacher’s Magazine 1911年4月号にもある:https://archive.org/details/sim_social-studies_1911-04_2_8 )
  • The American Naturalist, 1895年10月号の広告(Ives Strata Map / Ives Altitude Map):https://archive.org/details/american_naturalist_189510
  • Encyclopedia of Connecticut Biography, 1923, Ives 家の項:https://archive.org/details/encyclo07unse
  • Catalogue of the Exhibits of the State of Pennsylvania and of Pennsylvanians at the World’s Columbian Exposition, 1893:https://archive.org/details/catalogueofexhib00penn
  • Leventhal Map & Education Center, “Highlights from From The Vault: Mechanical Maps”(LMEC Staff, 2023年5月30日):https://www.leventhalmap.org/articles/highlights-from-from-the-vault-mechanical-maps/
  • Leventhal Map & Education Center の X(Twitter)投稿, 2019年5月23日:https://twitter.com/bplmaps/status/1131571980770193409
  • dataphys.org「1896 – James Ive’s Mechanical Teaching Map」(Pierre Dragicevic 登録、Jason Forrest 提供):https://dataphys.org/list/james-ives-mechanical-teaching-map/

第三者評価

  • Boston Rare Maps, “Ingenious mechanical map of United States territorial expansion”(Inventory ID: BRM3857):https://bostonraremaps.com/inventory/mechanical-map-of-united-states-territorial-expansion/
  • Frank Redner, “This Map Exhibit Draws A Darker U.S. History — Of Expansion Into Native Lands,” WBUR, 2019年10月14日:https://www.wbur.org/news/2019/10/14/boston-public-library-native-americans-maps-united-states
  • Jonathan Crowe, “New Leventhal Exhibition: America Transformed,” The Map Room, 2019年5月9日(展覧会の会期):https://www.maproomblog.com/2019/05/new-leventhal-exhibition-america-transformed/
矢崎裕一 矢崎裕一 データ可視化の実践者。Visualization Design / Information Architecture / UI/UX Design
プロフィール

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