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嵐の数値を楽譜に写し、その楽譜で籠を編む──Nathalie Miebach の気象データの彫刻

Nathalie Miebach は、気温・気圧・風速などの気象データを、籠編みの素材の色と配置に対応させた彫刻を作り、同じデータを写した楽譜を演奏家に演奏させています。

目次
  1. 012000年、籠編みと天文学を同時に習う
  2. 02籠の格子に、時刻と温度を割り当てる
  3. 03楽譜に写し、それを設計図にして組む
  4. 04演奏家に、どこまで任せるか
  5. 05第三者はこの作品をどう見たか
  6. 06使い道
  7. 07参考・出典

Nathalie Miebach(ナタリー・ミーバック)は、気温・気圧・風速などの気象データを、籠編みの素材の色と配置に対応させた彫刻を作り、同じデータを写した楽譜を演奏家に演奏させています。籠の縦の材には1日の時刻と温度の範囲を割り当て、その格子に潮位・水温・気温・月齢を編み込みます。2007年のハリケーン・ノエルを扱った彫刻について、CSMonitor(2010)は温度が赤、気圧が緑、風速が青「など」と書いています。

以下は、Miebach の TED 講演「Art made of storms」(TEDGlobal 2011)、本人サイトの作品解説と演奏記録、2010年のインタビューと新聞記事に沿います。制作の順序は、本人の講演に合わせます。まずデータを楽譜に写し、その楽譜を設計図にして彫刻を組みます。

2000年、籠編みと天文学を同時に習う

始まりは2000年です。Miebach は地域の籠編み教室と、ハーバード大学の天文学の講座を同時に受けました。天文学の期末レポートの代わりに、ヘルツシュプルング・ラッセル図を表した籠を出した、と Christian Science Monitor(2010)は書いています。

気象に移ったのは2006年、ケープコッドの Fine Arts Work Center でのレジデンシーです。Wright Center for Science Education の気候教育者 Zach Smith に、気候変動のプロジェクトを持ちかけられました。同センターの観測器を浜で試しながら、データの集め方を教わったといいます(ArtSake、2010)。

データの集め方は、TED 講演(2011年7月11日収録、約4分)で話しています。ホームセンターで買えるような観測器で、特定の場所の情報を集めます。それを衛星画像や、気象観測所・沖合ブイのデータと照らし合わせ、数値をクリップボードにまとめます。そこから最初に使うのは、2〜3個の変数だけです。講演の動画は TED のページで見られます。

籠の格子に、時刻と温度を割り当てる

Miebach は、籠を「翻訳の媒体」と呼びます。籠は縦の材と横の材でできています。そこに値を割り当てれば、データ点の時間変化がそのまま形になる、と講演で説明しています。

縦の材には1日の時刻を割り当て、一周で24時間にします。同じ材に温度の範囲も割り当てます。その格子に、満潮の観測値・水温・気温・月齢を編み込みます。素材に天然の籐を使う理由は、こう話しています。

“I use natural reed, because natural reed has a lot of tension in it that I cannot fully control. That means that it is the numbers that control the form, not me.”

籐には制御しきれない張力があるので、形を決めるのは数値で、自分ではない、という説明です。

色と変数の対応は、講演では語られていません。講演は「色つきのビーズや糸の一つ一つが、一つの気象要素」と言うだけです。具体的な対応を書いた資料は二つあり、どちらも2007年11月のハリケーン・ノエルを扱った作品「Hurricane Noel」についてです。

  • Christian Science Monitor(2010-04-09、Kendra Nordin)は、彫刻「Hurricane Noel」について、縦方向に温度=赤、気圧=緑、風速=青「など」と書いています。
  • 本人サイトに載る2次元の楽譜「Hurricane Noel」(2009)は、手書きの凡例で、ハイアニスの観測所の温度=赤、気圧=緑、平均風速=水色、突風=濃い青としています。

楽譜の凡例で赤が示すのは、ハイアニスの温度だけです。ほかの作品の配色は確かめられませんでした。

データ対応させたもの出典
時刻(24時間)籠の縦の材。一周で1日TED 講演
温度の範囲同じ縦の材TED 講演
満潮・水温・気温・月齢格子に編み込む材TED 講演
温度・気圧・風速縦方向の籐の色(赤・緑・青)CSMonitor 2010
観測値の上下色つきの籐のゆがみ、つまり彫刻の形CSMonitor 2010
嵐の周期の時間帯中心の円錐から出るスポークCSMonitor 2010
気象要素の種類楽譜の音域(要素ごとに1オクターブ)CSMonitor 2010
温度の値楽譜の音高(温度ごとに一つ)CSMonitor 2010

データはハイアニスとケベック州ナタシュカンの観測所、メイン湾のブイから取りました(CSMonitor)。

楽譜に写し、それを設計図にして組む

この作品は「彫刻が楽譜にもなる」と紹介されることがあり、TED の紹介文も、彫刻が「弦楽四重奏のための楽譜になる」と書きます。本人の講演の順序は逆で、まず気象データを楽譜に写すと話しています。

“Meanwhile, I use these scores as blueprints to translate into sculptural forms like this, … so it can actually be read as a musical score.”

その楽譜を設計図にして彫刻にする、という説明です。彫刻は楽譜の格子を中に持つので、楽譜としても読めます。

ほかの資料も同じ順です。ArtSake(2010-03-10)は、データを「まず楽譜に、それから彫刻に」翻訳するプロジェクトだと書いています。作家ステートメント(Skidmore College の Schick Art Gallery 掲載)では、数値を絵のかたちで楽譜用紙に写すとあります。演奏家はそれを曲として、Miebach は彫刻として解釈します。楽譜の題にも「Score for Musicians and Sculptor」とあります。

Nathalie Miebach「Hurricane Noel」(2009)/nathaliemiebach.com, Musical Scores 2D より引用

この楽譜の横軸には、2007年11月2日から5日までの時刻が書かれています。凡例は「Fixed Notes」と「Flexible Regions」を分けています。観測値を表す音符は変えず、雲量などの領域は演奏家が解釈してよい、という区別です。

Nathalie Miebach「Hurricane Noel III」(2015)/nathaliemiebach.com, Musical Scores 3D より引用

本人サイトは、こうした彫刻を「3D musical score」と呼んでいます。

作品年本人サイトの説明
Hurricane Noel2010メイン湾の通過、2007年11月6〜8日
Hurricane Noel III2015ニューイングランドの通過、2007年11月2〜5日。観測所二つと海洋ブイ一つ
Sun Gnomon for Stormy Night20092次元の楽譜「Stormy Weather, Internal Storm」をもとにした3次元の楽譜

Nathalie Miebach「Stormy Weather, Internal Storm」(2012)/nathaliemiebach.com, Musical Scores 2D より引用

Nathalie Miebach「Sun Gnomon for Stormy Night – Nov 13-19, 2008」(2009)/nathaliemiebach.com, Musical Scores 3D より引用

年と期間は、資料どうしで食い違います。

点資料ごとの記載
Hurricane Noel の期間2次元の楽譜と「III」は11月2〜5日。2010年の彫刻と、The Marginalian(2011)の「Musical Buoy in Search Towards a New Shore」(別題の作品)は11月6〜8日
Hurricane Noel の年Chipstone Foundation は「Noel, 2006」。本人サイトは楽譜2009年、彫刻2010年・2015年

嵐は2007年11月なので、2006年は誤りと思われます。

演奏家に、どこまで任せるか

楽譜を始めたのは、彫刻の言葉が自分のデータの読み方を表さなくなったからだ、と Miebach は ArtSake で話しています。楽譜なら情報を損なわずに細かく翻訳できる、と講演でも言います。

何を固定し、何を任せるかも、ArtSake で説明しています。

“When I give musicians the score, I tell them what it’s about, what portions of the score are flexible and those that aren’t. Then I pretty much withdraw …”

項目誰が決めるか出典
音符そのもの作者が集めた数値で決まるArtSake 2010
テンポとリズム作者が翻訳にニュアンスを加えるのに使うArtSake 2010
リズム・テンポ・楽器の数演奏家に大きく任せるArtSake 2010
曲の形(Axis Ensemble の場合)演奏家が15分の曲にした。条件は「数値に忠実であること」だけCSMonitor 2010

2010年3月14日、ケンブリッジの Lilypad で Axis Ensemble が「Hurricane Noel」を演奏しました。編成はピアノ、ヴァイオリン、アコーディオン、クラリネット、チェロ、コントラバスです(CSMonitor)。Miebach はリハーサルを見たあと、スタジオで2時間、自分の彫刻を見つめていたと ArtSake で話しています。

本人サイトは協働の目的を二つ挙げます。彫刻では届きにくい感情の層を伝えること。演奏家が見つけるデータの模様や物語を知ることです。

この取り組みは2009年から「The Weather Score Project」として続き、本人サイトによれば20の委嘱作品と15回を超える演奏会があります。

編成も資料によって違います。TED の紹介文は「弦楽四重奏」と書きますが、講演で映るのは三重奏の「1913 Trio」です。講演冒頭のハリケーン・ノエルの音楽を誰が演奏したかは、講演にも TED のページにも書かれていません。

第三者はこの作品をどう見たか

論点の違う三つを挙げます。一つ目は、Issues in Science and Technology の作品紹介「Sculpting The Floods」(Winter 2026)です。

“Rather than visualizing data for clarity or communication, Miebach’s goal is to provide a different way of experiencing data—to make the complexities of natural systems physically and emotionally perceptible.”

明快さや伝達のための可視化ではなく、自然の複雑さを体と感情で感じ取れるようにするものだ、という見方です。

作者本人は、正確さを強く言っています。Colossal(2016)に引用された言葉です。

“Nothing is put on there for purely aesthetic reasons.”

見た目のためだけに付けたものはない、という話です。同じ記事で「彫刻から天気を読み取れるようにしたい」とも話しています。第三者の位置づけと作者の強調点は、ずれていると読めます。

二つ目は、Christian Science Monitor(2010)の取材記事です。

“But behind the joyful chaos is a precise order, one of surprising complexity and magnitude.”

おもちゃのような見た目の奥に、精密な秩序がある、という評です。Miebach 自身も同じ記事で、遊びの要素は見る人を誘い込むためで、近づくとすべてが数値だと気づく、と話しています。

三つ目は、可視化研究の側の目録です。Pierre Dragicevic と Yvonne Jansen が編む dataphys.org の「List of Physical Visualizations」は、2006年の項目として Miebach の籠編みの彫刻を載せ、「Passive physical visualization」に分類しています。Jansen らの評価実験は別の記事にあります。

使い道

可視化の仕事に持ち帰れる判断は、四つあります。

一つ目は、変数を絞ってから素材に載せることです。Miebach は数値の束から、最初は2〜3個の変数だけを選びます。素材に載せられる量に限りがあるとき、選ぶこと自体が設計になると読めます。

二つ目は、中間の表記を設計図にすることです。Miebach はデータをまず楽譜に写し、それを彫刻と演奏の両方の元にしました。一つの表記から、見る形と聞く形を別々に起こすと、二つが同じデータを指していることを保てる、と読めます。

三つ目は、固定する部分と任せる部分を、表記の上で分けることです。Hurricane Noel の楽譜は凡例で「Flexible Regions」を分け、観測値の音符(Fixed Notes)を変えないよう演奏家に指示しています。

四つ目は、凡例を作品の中に書き込むことです。Hurricane Noel III には「65°F」などの数値の札が付き、楽譜には色の凡例と観測所の名前があります。講演で Miebach は、美術館では彫刻、科学館では3次元の可視化、音楽ホールでは楽譜になると話しました。どこに置かれても読めるのは、凡例が作品の中にあるからだと読めます。

同じデータを音や形に渡す例として、Chemo Singing Bowl や The Tempestry Project と並べて読めます。

参考・出典

一次情報

第三者評価

  • Kendra Nordin, “Climate change as art,” Christian Science Monitor, 2010-04-09. 記事
  • “Sculpting The Floods,” Issues in Science and Technology, Winter 2026. PDF
  • Pierre Dragicevic, Yvonne Jansen(編), “Nathalie Miebach’s Woven Sculptures,” List of Physical Visualizations. dataphys.org
  • Maria Popova, The Marginalian, 2011-07-12. 記事
  • Colossal, 2016-03. 記事
  • Chipstone Foundation, “The New Materiality” 展の作品解説. 展示ページ
矢崎裕一 データ可視化の実務家
プロフィール

この記事は CC BY-NC-SA 4.0 で公開しています。