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認知症リスクの45%は予防可能:ライフステージ別リスク要因の可視化

この図は 『The Lancet Commission on Dementia Prevention, Intervention, and Care(ランセット認知症予防・介入・ケア委員会報告書)2020年版』 に掲載された、認知症リスク要因の総覧図です。

この報告書は、医学・社会・教育・都市政策の観点から 認知症の発症を遅らせ、予防するための実証的エビデンス を体系化した国際的な政策提言文書であり、世界保健機関(WHO)や各国の国民保健指針に強い影響を与えています。

図は、人生の三段階( Early life・Midlife・Late life )にわたる12の修正可能なリスク要因を示し、これらを取り除くことで 最大45%の認知症症例が予防可能 であることを示唆しています。

図のコンテクスト

この図は、報告書の中核セクションである “Potentially modifiable risk factors for dementia across the life course” に含まれており、「認知症は加齢によって必ず発症するものではない」というメッセージを、科学的根拠に基づき示した象徴的なビジュアルです。

報告書では、次のように説明されています:

“Modifiable risk factors account for around 45% of dementia cases, suggesting that nearly half of global dementia burden could be prevented or delayed.”
(修正可能なリスク要因は全体の約45%を占め、世界的な認知症負担のほぼ半分は予防または遅延が可能である。)

このビジュアルは論文の本文中だけでなく、WHOやOECDの政策資料、各国の公衆衛生ガイドラインにおいても引用されています。

図解の見方

この図は、ライフコース視点の因果連鎖を可視化した図 と分類できます。
一般的な散布図や円グラフとは異なり、「人生の流れ(early → mid → late)」という 時間軸を連続的に描きながら、リスク要因を重ね合わせる 構造になっています。

ライフステージ主なリスク要因寄与率(Population Attributable Fraction, %)色区分
Early life(幼少期)低教育(Less education)約 5%
Midlife(中年期)難聴(Hearing loss)、高LDLコレステロール(High LDL cholesterol)、うつ病(Depression)、頭部外傷(Head injury)、運動不足(Physical inactivity)、糖尿病(Diabetes)、喫煙(Smoking)、高血圧(Hypertension)、肥満(Obesity)、過度の飲酒(Excessive alcohol consumption)約 7〜1%
Late life(老年期)社会的孤立(Social isolation)、大気汚染(Air pollution)、視覚障害(Visual impairment)約 5〜2%
  • 各円の 大きさは寄与率(%)に比例 し、リスクの重みを表す。
  • 線は各ステージを結び、「生涯を通じた連続的な予防の重要性」を示唆する。
  • 右下の「45% potentially modifiable」は、これら要因を除外した場合の 全体的なリスク減少の推計値 である。

背景と意義

この報告書は、2017年版(9因子)から2020年版(12因子)に更新されたもので、環境要因や社会的孤立など、従来の生物学的因子だけでなく 社会・環境的リスク を含む点が画期的でした。

とくに中年期の「難聴(Hearing loss)」は、単独で7%の寄与を持つ最大のリスクとされ 聴覚補助や補聴器利用 が認知症予防策として重要であることを強調しています。
また教育水準の向上は幼少期の「認知予備能(cognitive reserve)」形成に寄与し、老年期の発症リスクを緩和すると説明されています。

さらに2020年版では、「大気汚染(Air pollution)」が新たに追加され、環境政策も認知症対策に組み込むべきだと明示されました。

図表デザインの特徴

  • 情報構造:ライフコース時系列 × リスク強度の可視化
  • 目的:数量的比較と時系列的関係を同時に示す
  • デザイン特徴
    • カラーコーディング(緑=初期教育、黄=中年期健康、青=社会・環境要因)
    • 面積比率による寄与率の表現
    • 曲線的なフローによる「生涯連続性」の強調

このような手法は、因果モデルの理解を補助するための 説明型インフォグラフィックス(Explanatory Infographic) として位置づけられます。

まとめ

この図は、科学的根拠と社会的メッセージを融合したデータビジュアライゼーションの好例です。
認知症を「個人の病」ではなく「社会構造・教育・環境・生活全体にまたがる課題」として可視化することにより、研究者・政策立案者・一般市民が共通の理解を持つための「共通言語」として機能しています。 その意味で、本図は単なるチャートを超えた「社会的設計図(social blueprint)」とも言えます。

参考・出典

Licensed under CC BY-NC-SA 4.0
Oct 22, 2025 22:33 +0900