キープ(quipu/khipu)は、数を「結び目の種類と数×縄の上の位置(十進の位取り)」で、項目を「縄の色と並び順」で表し分けた記録装置です。主縄から何十本もの縄を下げ、1本の縄に数を結びます。何の数かは縄の色と並び順で示した、と Garcilaso は証言しています。ただし色の意味は、標本を越えて一般化できません。
材料は二つの一次資料です。一つは、クスコ生まれの Inca Garcilaso de la Vega(インカ・ガルシラーソ・デ・ラ・ベーガ)が1609年に出した『インカ皇統記』で、本人がキープを読んだ経験を書いています。もう一つは、L. Leland Locke(L・リーランド・ロック)が1912年に American Anthropologist に載せた論文で、十進の位取りを実物で証明しました。キープは、データ物理化の事例集 dataphys.org にも載っています。以下は、この二つの資料に沿って読みます。
縄の上の位置が位を、結び目の形が値を表す
キープは、太い主縄から細い縄が房のように下がる形をしています。Locke によれば、下垂縄は0.5メートルを超えることがまれで、本数は1〜2本から100本以上です。素材は綿と羊毛です。

The Cleveland Museum of Art, Gift of John Wise, 1940.469/Cleveland Museum of Art Open Access より引用(CC0)
数の書き方は、Garcilaso がすでに書いています。いちばん上の結び目が万の位で、下へ千、百と続き、いちばん下が一の位です。
The knots of each number, and each thread, were placed in a line with each other, exactly in the way a good accountant places his figures to make a long addition sum.
要旨:どの縄でも、同じ位の結び目が横一列にそろっていた。腕のよい会計係が、長い足し算のために数字の桁をそろえて書くのと同じだ、という証言です。
Locke はこれを実物で確かめます。一般的な説明では、単結びは主縄から最も遠い列なら1、次の列なら10、その次なら100を表します。1群に単結びは9個までで、「the number system being strictly decimal」と書いています。B8713 など Huando 型では、1の位だけを別の結び方で書きます。2〜9は「長結び」で、巻き付けた回数が値になります。1は8の字結びです(Khipu Field Guide による Locke の図の読み)。0は、その位に結び目を作らないことで表します。

L. Leland Locke/“The Ancient Quipu, a Peruvian Knot Record”(American Anthropologist, 1912)Plate XXI より引用(1912年刊、米国でパブリックドメイン)
上段の見本では、数が大きいほど巻き数の多い結び目になります。
1の位だけ形を変えたことには、実用上の効き目があります。研究者の表記(s=単結び、L=長結び、E=8の字結び、X=空白)で書くと、731は「7s, 3s, E」、804は「8s, X, 4L」です。1の位の結び目が来たら、そこで数が終わります。そのため、1本の縄に107と51を続けて結べます(1s, X, 7L, 5s, E)。区切り記号を使わずに、値の形そのものを変えて数の切れ目を示したと読めます。
1912年、上向きの縄が合計を明かす
Locke は、アメリカ自然史博物館の B8713 を、十進数の読みを確かめる代表標本として取り上げました。リマの北の海岸、Huando から出土したものです。下垂縄は4本ずつ6つの群に分かれ、各群に上向きの縄(top cord)が1本通されています。
The top cord sums the numbers on the pendent cords through which it is looped, thus giving an accurate key to the numerical character of the knots.
要旨:上向きの縄は、それが通された下垂縄の数を合計している。それが、結び目が数であることの確かな鍵になる、という主張です。

L. Leland Locke/“The Ancient Quipu, a Peruvian Knot Record”(American Anthropologist, 1912)Plate XXIII より引用(1912年刊、米国でパブリックドメイン)
左端の群 a では、下垂縄が0、10、6、1で、上向きの縄は17です。図の下に並ぶ各群の合計は 17、1517、805、612、88、658 です。上向きの縄の値は 17、1417、805、612、135、658 です。6群のうち4群で一致します。b の群は100の差があり、e の群には欠けた縄があります。Locke は本文で、b の4本目の縄に補助縄が付いていた跡があり、数に食い違いがあると書いています(p.328)。
Locke は、この標本を「6期間(または6年)× 4種類の物の記録」と推定しました。結論には、こうあります。
- These knots were used purely for numerical purposes.
- The quipu was not used for counting or calculating but for record keeping.
要旨:結び目は数のためだけに使われた。キープは数えたり計算したりする道具ではなく、記録の道具だった、という結論です。
紹介文を寄せた David Eugene Smith は、これを西洋世界で知られる最古の十進表記、少なくとも持ち運びできるものとしては最古だろうと書いています。
合計の縄は、この1点に限った工夫ではありません。Manuel Medrano と Ashok Khosla は2024年、650点のキープの少なくとも74%に、縄どうしの合計関係があると報告しています。読み方の正しさを確かめる鍵が、データ自身の中に入っていたと読めます。Garcilaso も、どんな小さな村にも4人以上の記録係を置き、互いに照合させたと書いています。1つの記録を、複数の読み手で確かめる仕組みです。
色と並び順が、何の数かを示す
何の数かを示したのは、色と並び順です。Garcilaso は、縄が1色のもの、2色・3色を組み合わせたものがあり、どの色にも意味があったと書きます。
The thing to which a string referred was understood by its colour: for instance, a yellow string referred to gold, a white one to silver, and a red one to soldiers.
要旨:縄が何を指すかは色で分かった。たとえば黄色の縄は金、白は銀、赤は兵士を指した、という証言です。
色で表せないものは、並び順で表しました。穀物なら、小麦、大麦、豆、キビの順。人口調査では、1本目が60歳以上の男性、2本目が50代と続き、最後が乳児でした。重要なものから順に並べる約束です。
内訳は、同じ色の細い補助縄で表しました。既婚男性の縄に付けて寡夫の数を記す例を Garcilaso は挙げ、Locke も古いキープのほとんどに補助縄があると確かめています。
ただし、色の対応表は残っていません。Locke は B8713 について、6つの群が同じ4種類の物の記録なら、色に特別な意味はなく、作り手の好みや都合で選ばれたのだろうと結論しています。大まかな色の決まりがあった可能性は否定していません。Khipu Field Guide は、色の情報が重要なのは明らかだが、その象徴的な意味は失われた、と書いています。
Garcilaso は、歴史・法・儀礼の言い伝えについて、こう書いています。
But the Indian who had not received the traditions by means of his memory was as uninformed concerning them as a Spaniard or any other stranger.
要旨:記憶で言い伝えを受け継いでいない者は、スペイン人と同じく何も分からなかった、という証言です。一方で貢納の勘定については、自分もすぐに「as well as the Indians themselves」読めるようになったと書いています。
キープを作って読んだのは、記録を担う専門職でした。Garcilaso の英訳では Quipu-camayu、「He who has charge of the accounts」です。Garcilaso が色の凡例について書いたわけではありませんが、凡例も同様に、この人たちの記憶の中にあったと読めます。1583年、第3回リマ教会会議は、非キリスト教の神への供物を記録したキープを、偶像崇拝の物として禁止し、焼却を命じました。凡例が読み手の記憶にしかなかったため、数の部分だけが読める状態で残ったと読めます。

Felipe Guaman Poma de Ayala, c.1615(原画は17世紀の作品。1936年ファクシミリ, p.360)/Wikimedia Commons より引用
1615年ごろに Guaman Poma が描いた、キープの記録係です。
縄の上の変数を一覧にする
ここまでの対応を表にします。
| データ | 縄の上の物理的な性質 | 例 | 確度 |
|---|---|---|---|
| 各桁の値(1〜9) | 1か所に集めた結び目の数 | 10の位より上は単結びの個数。1群に9個まで | 確立(Locke) |
| 1の位の値 | 結び目の種類 | 2〜9は長結びの巻き数、1は8の字結び | 確立(Locke、KFG) |
| 位(1・10・100…) | 縄の上の位置(主縄からの距離) | 主縄から最も遠い列が1の位 | 確立(Locke、Garcilaso) |
| 0 | 結び目がないこと | その位を空ける | 確立(KFG) |
| 合計 | 群に通した上向きの縄 | B8713 の 17=0+10+6+1 | 確立(B8713 で)。コーパス全体では少数派 |
| 項目 | 縄の色(単色・複色) | 黄=金、白=銀、赤=兵士 | 当時の証言。一般化できない |
| 色で表せない項目 | 縄の並び順 | 小麦→大麦→豆→キビ | 当時の証言 |
| 内訳・例外 | 同じ色の細い補助縄 | 既婚男性の縄に寡夫の数 | 当時の証言、Locke が実物で確認 |
| まとまり | 同じ色の縄の束 | 家族集団(ayllu)を表す可能性 | 仮説(KFG) |
| 二値の情報 | 撚りの向き(S/Z)、主縄への付け方 | 半族(hanan/hurin)などを表す可能性 | 仮説(KFG、Medrano & Urton) |
dataphys.org は、色、結び目の位置、結び目の種類と並べて「rope length(縄の長さ)」も挙げています。これを裏づける一次資料は見つかりませんでした。Garcilaso は縄を約2フィートの決まった長さと書き、Locke も位を決めるのは主縄からの距離だとしています。
年代にも注意が要ります。dataphys.org の見出し「2600 BC」は、カラル遺跡で「最古のキープ」が見つかったという2005年の発表に基づきますが、十分に検証された説ではありません。放射性炭素年代で確かめられた最古のキープは、ワリの780–1024年のものです。インカのキープ31点の多くは1500–1600年でした。
第三者はキープをどう見たか
可視化研究の側では、Yvonne Jansen、Pierre Dragicevic らが CHI 2015 の論文で、キープをデータ物理化の歴史的な例に挙げています。
The Incas never even developed a writing system but relied on Quipus – complex assemblies of knotted ropes – for data storage and retrieval.
要旨:インカは文字を持たず、結んだ縄の組み合わせであるキープでデータを保存し、取り出していた、という位置づけです。見せるための図ではなく、保存と取り出しの装置として見ていると読めます。
人類学の Sabine Hyland は2017年、18世紀のコジャタ村に残る書簡のキープ2点に95種類の記号があると発表しました。色、繊維の種類(ビクーニャ、アルパカ、シカなど)、撚りの向きの組み合わせで家系名を表す、という主張です。
The reader must often feel the cords by hand to distinguish the fibre sources of these three-dimensional texts.
要旨:繊維の違いを見分けるには、読み手は縄を手で触って確かめなければならないことが多い、という指摘です。ただし対象は植民地期のキープで、ヨーロッパの文字の影響を受けた可能性も指摘されています。
データサイエンスの側では、Medrano と Khosla が、コーパス全体から符号の約束事を探しています。上向きの縄が担う合計関係は少数派で、白い下垂縄が合計のまとまりの境界として使われた可能性を示唆している、と2024年の論文の抄録にあります。Khosla が作る Khipu Field Guide は、703点のキープを描き起こしたデータベースです。そこには、こうあります。
It’s difficult to understand a khipu from tables. A rendering is necessary.
要旨:キープは表からは理解しにくく、描き起こした図が要る、という指摘です。Locke が1912年に B8713 を記号の図に描き起こしたのも、同じ必要からだったと読めます。キープを読むために、研究者はキープを可視化し直しています。
使い道
キープから持ち帰れることは、四つあります。
一つ目は、量とカテゴリを別の変数に割り当てることです。ベルタンの視覚変数に当てはめると、位置、形、色相、配置の使い分けに相当すると読めます。ただし、両者を結びつけた研究は見つかっていません。「視覚変数の原型」と言い切るより、「相当する使い分けが見られる」くらいが正確です。
二つ目は、値の種類ごとに形を変えることです。1の位だけを別の結び目で書くことで、区切り記号なしで数の切れ目を示したと読めます。凡例や区切り線を足す前に、形そのもので読み分けられないかを考える手がかりになります。
三つ目は、検算できる構造をデータの中に入れることです。合計の縄は、表計算の合計行のように働き、Locke はそれを数値の確かな鍵としました。
四つ目は、凡例を作り手の頭の外に残すことです。十進法という共通の約束で書かれた数は、いまも読めます。色の意味は記録係の記憶の中にしかなかったため、読めないのだと読めます。キープは、凡例を書き残さなかった記録がどうなるかを示しています。
参考・出典
一次情報
- Garcilaso de la Vega, First Part of the Royal Commentaries of the Yncas, Vol. II, trans. Clements R. Markham, Hakluyt Society, 1871, Book VI, ch. VIII–IX(原著 Comentarios Reales, 1609). archive.org
- L. Leland Locke, “The Ancient Quipu, a Peruvian Knot Record,” American Anthropologist n.s. 14(2): 325–332, 1912. archive.org
- A. Cherkinsky & G. Urton, “Radiocarbon chronology of Andean khipus,” Open Journal of Archaeometry 2(1), 2014. doi:10.4081/arc.2014.5260 OpenAlex
- S. Hyland, “Writing with Twisted Cords,” Current Anthropology 58(3), 2017. doi:10.1086/691682 / University of St Andrews, “Lost writing of the Inkas discovered,” 2017-04-20. news.st-andrews.ac.uk
- M. Medrano & G. Urton, Ethnohistory 65(1): 1–23, 2018. doi:10.1215/00141801-4260638
- M. Medrano & A. Khosla, “How Can Data Science Contribute to Understanding the Khipu Code?,” Latin American Antiquity, 2024. Cambridge Core
- The Cleveland Museum of Art, Inka Khipu (Fiber Recording Device), 1940.469. clevelandart.org / Open Access API
- Reuters 配信「最古のキープ」発表の報道, NBC News, 2005-07-19. nbcnews.com
- dataphys.org, “2600 BC – Quipus,” 2013-09-22(Added by Pierre Dragicevic). dataphys.org
第三者評価
- Y. Jansen, P. Dragicevic, P. Isenberg et al., “Opportunities and Challenges for Data Physicalization,” CHI 2015. doi:10.1145/2702123.2702180 HAL
- Ashok Khosla, Khipu Field Guide. khipufieldguide.com / Introduction / Khipu Signs / Khipu Data Visualization
- Wikipedia, “Quipu”(年代論争、1583年の禁令、現存数、数値表記の例). en.wikipedia.org
- Felipe Guaman Poma de Ayala, El primer nueva corónica y buen gobierno, c.1615, p.360(図版). Wikimedia Commons



