「The Wind That Moves Us」は、リサーチ/デザインスタジオのDomestic Data Streamersが、ファッションブランドMangoの40周年に合わせて制作した、データ駆動の彫刻(データ・スカルプチャー)です。
Mangoのチーム(社員)に向けたサーベイ(アンケート)結果を数値化し、その結果をバー・チャートとして設計に落とし込み、彫刻の形状や寸法の一部をデータで決める、参加型の作品として構成されています。
Domestic Data Streamersは、この作品を「チームの価値観をたどる彫刻」と位置づけ、Mangoの5つの企業価値と、地中海的な比喩としての「風」を重ねて語っています。
作品の見方
この作品は、まず「近づいて観る」と「少し離れて全体で観る」で、読み取れるものが変わります。以下の順で観ると理解しやすいです。
まずは“5つの価値観”の区切りを見つけます
台座にはMangoの価値観(Caring / Committed / Entrepreneurial mindset / Authentic / Culturally curious)が並び、作品全体が「価値観ごとのセクション」に分割されていることが分かります。ここが、この作品の“章立て”です。
各セクションの「透明なパーツの連なり」を“バー・チャートの列”として見立てます
Domestic Data Streamersの公式説明では、アンケート結果を数値化し、それをバー・チャートとして表現したうえで、その輪郭(形)をトレースして彫刻形状を設計した、とされています。つまり、透明なパーツの凹凸や幅の変化は、単なる装飾ではなく「回答傾向(数値)の起伏」を物理形状に写したものだと捉えると読みが立ちます。
ここで重要なのは、棒グラフを“平面上の棒”としてではなく、“長手方向に連続する起伏”として身体的に読むことです。作品の「高さ」ではなく「長手方向のリズム」を読みます
ふつうの棒グラフは縦方向(高さ)を比較しますが、本作はガラス(または透明素材)の塊が横方向に連続し、起伏のリズムとして見せます。
観点は次の2つです。- リズムが細かい/粗い:回答のばらつきや、質問ごとの差の“頻度感”を連想させます。
- かたまりが大きい/小さい:特定の問い(あるいは指標)の“強さ”や“偏り”を連想させます。
※ただし、どのパーツがどの質問項目に対応するかなどの厳密な対応表は、公開ページ上では明示されていないため、本記事では推測しません。
「風」という語り(メタファー)で解釈の枠をつくります
公式説明では、Mangoの価値観を地中海の風に重ね、風が海岸線や地形を彫るように、価値観が組織を形作ってきた、と語られます。
ここで作品を“会社紹介のパネル”として読むのではなく、- 価値観=目に見えないもの
- 風=目に見えないが、地形(形)を変える力
- データ=集団の傾向を可視化する媒介
という三者関係として読むと、この作品が「説明」よりも「体験」に寄っていることが見えてきます。
背景知識
この作品は、研究領域でいう「データ・フィジカライゼーション(Data Physicalization)」の文脈で理解できます。これは、データを3D形状や素材特性など“物質”として符号化し、コミュニケーションや学習、意思決定などを支える物理的表現を扱う分野です。可視化がピクセル上の表現であるのに対し、フィジカライゼーションは手触りやスケール感、空間配置といった身体性を介して、理解や感情反応に影響しうる点が特徴とされています。
本作も、アンケートの集計結果をバー・チャートとして設計し、それを物理造形へ接続することで、組織の価値観を“触れられる距離のもの”として提示しています。
データ構造
公開されている一次情報から、この作品のデータは少なくとも次の構造を持ちます。
- 対象:Mangoの全チームに対するサーベイ
- 軸:Mangoの5つの企業価値(Caring / Committed / Entrepreneurial mindset / Authentic / Culturally curious)
- 質問:各価値観について「個人の姿勢(例:Caringなら“聴く”を優先するか“助言”を優先するか等)」を問う質問群
- 変換:回答結果を数値化 → バー・チャート化 → 形状(輪郭)としてトレース → 彫刻の形状・寸法の一部に反映
作品が「データ駆動」であるポイントは、単にデータを説明図として添えたのではなく、造形そのものの決定(測定値や形の一部)にデータを使った、と明言している点です。
価値観と「風」の対応
公式ページでは「5つの風を5つの価値観に結びつけた」としたうえで、例として2組の対応を挙げています。公開されていない対応は推測せず、例示されている範囲のみ表にします。
| Mangoの価値観 | 風(公式に例示されたもの) | 公式説明での性格づけ(要旨) |
|---|---|---|
| Entrepreneurial mindset | Tramuntana | 強く、確かで、力強い風として結びつけた |
| Caring | Midday wind | 柔らかく、温かく、南へ向かう風として結びつけた |
| Committed | (未公開) | 公式ページ上で対応する風の名称は明示されていません |
| Authentic | (未公開) | 同上 |
| Culturally curious | (未公開) | 同上 |
制作プロセス

公式ページの記述から、制作は大きく次の段階で進んだことが分かります。
- 目的設定
- Mango40周年の文脈で、チームの重要性を称え、同時にブランドの価値観と地中海的精神に整合する体験を作る。
- サーベイ設計と実施
- 全チームへアンケートを実施し、価値観ごとに“日々の行動原理”を問う。
- データ処理とパラメタ化
- 回答を数値化しバー・チャート化、造形の輪郭と寸法へ転写する。
- 素材・構造設計と制作
- プロダクトデザイナー(Gennis Sennen)の協力を得て素材性や台座・全体構造を詰め、ガラス作家(Ferran Collado)を含む複数の職人(ガラス/金属/石)と協働して制作する。加えて、小型レプリカも制作し、リテール現場との接続も図った。
- 作品を補助する映像の制作
- 作品の物語と制作過程を説明する短編映像を制作。ナレーションは「風」として語られ、カタルーニャ各地の場所性と職人技を通して“現代のクラフツマンシップ”を強調する。ただしこの映像は社内利用を想定したものとされます。
デザイン上の注意点(鑑賞者/制作者の観点)
- 「数値の正確さ」より「比喩の整合性」を優先して読むと破綻しにくいです
- 本作は分析ツールではなく、価値観と集合的な傾向を体験化する作品です。厳密な尺度や凡例が公開されていない以上、読みは“正誤”ではなく“納得”の設計に寄っています。
- 透明素材は「データの客観性」ではなく「手がかりの軽さ」を作ります
- 透明であることで、形の起伏は見えるが“押しつけがましく断定しない”印象になります。価値観という抽象概念を扱うとき、断定を避ける素材選択として機能します。
- 台座の言葉が「読む入口」を作り、形が「考える余白」を作ります
- ラベルは明確に意味を固定しますが、造形は解釈を開きます。この分業が、社内向け作品としての“共有しやすさ”と“個別の内省”を両立させています。
まとめ
「The Wind That Moves Us」は、Mangoの5つの企業価値を、地中海の風という比喩で束ね、社員のサーベイ結果をバー・チャートとして設計に落とし込み、造形の一部をデータで決めたデータ彫刻です。
鑑賞のポイントは、作品を“説明図”として読むのではなく、価値観(見えない)→風(見えないが形を変える)→データ(集合の傾向を形へ写す)という連鎖として捉え、台座の言葉で入口を作りつつ、造形のリズムを身体的に読むことにあります。
データを物質化して共有するという点で、本作はデータ・フィジカライゼーションの実践例としても位置づけられ、組織文化の語りを「目に見える形」に変換する試みとして理解できます。
